個人差

 10月末から11月頭にかけて、フィンランド~ロンドンを一週間ほど旅行した。スノーモービルに連れられてオーロラを観たり、湖のほとりでサウナに入り、水風呂代わりに湖に飛び込んだり、バルト海沿いの露店でサーモンスープを食べたり、楽しい思い出は尽きないが、何でもない一場面がなぜか強く心に残っていたりもする。

 

 ヘルシンキから一時間半ほどかけて、タンペレという街に向かう電車の中。幼子を連れた女性が、右斜め後ろの席に座っていた。電車が進むにつれ、幼子がぐずりだす。次第に大きくなる声に、周りの乗客もちらちらとその親子のほうを見やっていた。僕はあまり親子のほうを見ないようにしていたが、どうしても気になってしまっていた。フィンランドの母親はどんな子守唄を歌うのだろうか。日本では見たことのないあやし方があるのだろうか。

 

 はじめは子供に語りかけていた母親だったが、簡単には泣き止まないことがわかると、スマートフォンを取り出し、全く知らない(おそらく女の子向けアニメの?)曲をyoutubeで流し始めた。おそらくアニメのオープニング曲かなにかなのだろう、流れている間は子供がおとなしく見ているので、何度も何度も同じ曲がループされる。車窓から覗くうっそうとした針葉樹林と、背景で流れるファンシーなアニメのテーマ曲。日本で同じことがあれば「イヤホンつけてほしいな」ぐらいは思うのかもしれないが、初めて乗るフィンランドの鉄道、異国情緒あふれる景色、日本人どころかアジア人すらほとんどいない車内という慣れない環境もあって、不思議とその状況を受け入れてしまった。

 

 一つ車両がずれていれば、乗る便が一本遅ければこんな場面に出くわさなかっただろうし、またフィンランドに行ったとしても同じ情景を見ることはないだろう。フィンランドでしか聞けない曲でも、もちろんない。それでも、今回のフィンランド旅行を思い出すときに、あのアニソンのメロディーが頭の中で流れることには違いない。そう考えると、経験や感覚はどこまで他人と共有できるのか、と思う。生まれ育ちや言葉、時代や場所が同じでも、それぞれが固有の世界を持っていて、それらは交わっているようでただ重なっているだけ、その間には大きな隔たりがある(かもしれない)。